それは、先月のこと。彼はいつも通り、天鳳にいそしんでいた。

天鳳とは、ここ日本でサービスが提供されている麻雀のオンラインゲームであり、現在のネット麻雀界の最高峰とも言える場である。多くのネット雀士が、この場で自らを切磋琢磨しながら、己の雀力を試している。そして、彼を含め全ての天鳳雀士がはある一つの舞台を目指す。その舞台の名は鳳凰卓。鳳凰卓とは、天鳳における最高卓であり、そこに足を踏み入れるのはおろか、その場に踏みとどまることすら困難な卓である。

「あと、1TOP・・・1TOPだ・・・」

彼は、先月、目と鼻の先に鳳凰卓を見た。決して踏み入れることは出来ないと思われたその卓を眼前に見据えたのだ。ここまでの長き戦いに終止符を打つため、彼は全てを掛けて、戦いに挑む。ここまでは戦果は順調。この戦いも、すんなり決めることが出来ると考えていた。しかし、その考えが甘かったことを後に彼は知ることとなる。

「なぜ、どうして、そんな・・・」

彼は、敗北した。今までの戦いぶりからは考えられぬ敗北であった。とはいえ、彼にとって、それは大した問題だと捉えていなかった。

「麻雀ならこういうことはよくある。理不尽にラスを引くことはあるし、ま、気にせず次打とうっと」

その考えが浅はかであった。

「おかしい・・・おかしいだろ・・・どうして・・・こんなことが・・・」

彼は、敗北に次ぐ敗北を繰り返した。今までの彼からは想像出来ない敗北の嵐。その嵐は彼を永遠と煽り続けた。彼が気づいたときには、彼は全てを失っていた。

「原点・・・」

原点。すなわち、全ての根源。彼は、今まで積み重ねたものを全て失ってしまった。しかし、彼にとってそれは、特に重くのしかかるものではなかった。全てを失ったということは、何も重荷はないのだ。原点に落ちたという考えからならば彼はとんでもない悲しみに打ちひしがれたかもしれない。しかし、彼はこう考えた。原点回帰。初心に帰ることにした。原点とはそういうことなのだ。考え方によってなんとでもなるのだ。

「さあ、天鳳がんばるぞ!!」

彼の目は輝きに満ちていた。